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結弦くんのノッテ・ステッラータ

お写真、お借りしております。
お写真、お借りしております。

 

氷の上に立つ少年。

音楽が流れると、滑りはじめたその姿はもう人間ではなく

白鳥そのものだった。

 

だいぶ前のこと

群れからはぐれた白鳥が一羽

湖のほとりにいるのを見たことがあるの。

 

ケガをして

仲間から取り残されてしまったのでしょう。

白鳥は、

何度も何度も飛び立とうとチャレンジをしているようだった。

周りを木々で囲まれた小さく静かな湖の上で

誰にも見られることなく

たった一羽

懸命に羽をはばたかせながら飛びあがるけれど

傷ついた体ではそんなに高くも、遠くへも飛べるわけもなく

またパサリ… と、水面に降ちてしまうの。

 

私はサン・サーンスの白鳥を

思い出していたわ。

瀕死の白鳥。

死の前に白鳥はとても美しい歌をうたうという伝説が

ヨーロッパにあるんですって。

実際には白鳥の声は決して美しくはない。

でも

なぜそんな伝説があるのかしら?

 

古代ギリシャの人々は白鳥のことを

音楽の神アポロンが創り出した生き物と考えていて

死の直前に白鳥は

神を讃えて歌を歌うと信じていたのだそう。

死は神様のもとへ帰ることだから。

 

少年の美しい滑りは

白鳥の最後の歌のような、美しい調べに満ちている。

ジャンプが乱れても

それは瀕死の白鳥が懸命に飛び立とうとして

パサリ… と、水面に落ちる姿のように思われる。

 

彼のスケートは

私たちを感動させるだけではないの。

何より、これは神様へのささげものなのだわ。

もともと、「舞」とはそういうものだった。

「舞う」という漢字は、

神殿の前で踊るふたりの人の姿を形にしたものだそうよ。

 

勝ち負けのためだけに滑るとしたら

あのように美しいものは生まれえない。

 

あなたに滑ってほしい曲があるの。

そう言われ、曲を受け取ってから

少年はどんな白鳥を舞おうか、考えたのでしょう。

 

あの地震があった。

たくさんの方が亡くなって

たくさんの方が、羽をもぎとられた白鳥のように

大切なものを失った。

少年も

そのひとりだった。

 

そして、この国の人間がみな、涙した。

 

白鳥を通して、

またスケートを続けようと決意した少年は

それらすべての人々へ向けて、

明日もすべるのでしょう。

 

やさしく静かなる共感と、希望の光をもって。

 

 

 

2016 Skate Canada - Yuzuru Hanyu Gala - Notte Stellata

https://www.youtube.com/watch?v=hf1tul6kEd8

 

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わたしたちは、

瀕死の白鳥が傷をすっかり癒し、

高く空へ羽ばたくのを見るのかもしれません。

 

お写真、お借りしております。
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